※この対談は2009年5月に行われたものです

【インタヴューアー】 プラシーボ効果が真の効果を超えることがありますか。

【広瀬】 あります。かつて胃潰瘍治療の画期的な薬と言われたシメチジンは、治験の場所によっては本物のシメチジンよりもプラシーボのほうが効いていることがありました。どういう医療機関でどういう医者がそれを処方したかによって、本物を与えられた場合よりも効く場合があるわけです。

平均的に効かない薬はいい薬とは言えません。効く人には効き、効かない人には効かない。プラシーボは、多分にそういう面があります。安定しないのです。

本当は、鍼を使うことの中に、プラシーボ効果が入り込んでいるんですね。真の効果とプラシーボ効果の配分は千変万化するわけです。分けるよりも、一体として考える方が良いと思います。あえてプラシーボ効果を分ける必要はないと思うのです。

【インタヴューアー】 研究ベースで物を考えると、どうしても真の効果とプラシーボ効果を分けたくなりますが、実際の臨床の現場では真の効果とプラシーボを併せて使っていくわけですものね。

【広瀬】 これがまた不思議なところですが、薬などの真の効果は、その治療成績の平均値からプラシーボ効果の平均値を引いて出しているんですね。多くの治験薬は、真の効果がゼロに近い、つまりプラシーボ効果と差がないわけです。

そういう薬は、かりにある人にとってはものすごく効いても、認可されないから市場には出回らない。個々のケースではなく、あくまでも平均として扱っているところに、問題があります。

【インタヴューアー】 先生のおっしゃることはよく分かります。n of oneという個々の評価をする方法もありますよね。新しい研究方法としては、個人差を考慮したやり方がピックアップできるのではないでしょうか。

【広瀬】 医療では、特定の人に効けば万人に効く必要はないこともあります。

【インタヴューアー】 ただ、そこで一つ気をつけなければならないのは、それがすべてだと思ってしまうことだと思います。医療を提供する側がモラルをしっかりと持っていないといけない。

【広瀬】 いわゆる西洋医学は、一定の資格を持った人がやれば、ある程度同じような効果が得られる。効果のバラツキが相対的に小さいわけです。しかし東洋医学は、医療者のパーソナリティーや手練とかコミュニケーション力が含まれた、一種の総合医療です。だから平均を取ると損ですよね。伝統的な治験のやり方で結果が出ないのは、損な部分で勝負しているからではないでしょうか。

【インタヴューアー】 今までのやり方ですと、プラシーボを引いて判断しなければいけませんでしたが、今はプラシーボも含めて効果判定をしていくような考え方が出てきているのでしょうか。

【広瀬】 西洋医学的なアプローチでは、両者は別物という考えが依然として強いですよね。プラシーボ効果は真の効果にプラスするプラスアルファだという考え方は、どうしてもありますね。厄介なことに、プラシーボ効果そのものが治験薬の評判とか薬効の程度に応じて変動するわけです。ことはそう簡単にいかない。

 

 

効く薬ほど期待が大きく、プラシーボ効果は大きくなる。鍼に関しても、いろんな研究があります。NIHがやった研究ではプラシーボ効果と真の効果に差がない。差があるのは医療者と患者との関係だとも言っています。非常に多岐にわたる要素が微妙に絡んでいます。

【インタヴューアー】 真の効果、もしくはプラシーボ効果を明確にしていくためには、今後どんな方法論を取って研究すればよいでしょうか。

【広瀬】 薬の治験でも、プラシーボを使った治験でないと主なジャーナルに載せないとか、どうしてもプラシーボを使わざるを得ない状況があると思います。プラシーボ効果が働いていることは間違いなく、その場合、統計的に有意差があるかないかは微妙な問題で、たくさん数をやれば統計的に厳密な結果が出てきますが、鍼治療の場合などはたいてい少人数で何回かやる。そうすると、その場の状況など、いろんなバイアスが入ってきてしまう。

 アメリカでは、東洋医学のなかで鍼を重視していると思います。鍼の治験は、NIHがやっている以上にもっと大規模に、いろんな症状や被験者の組み合わせなどを使って、客観的にやらざるを得ないと思います。

【インタヴューアー】 例えばベストケースをたくさん集めて効果を見ていくのも1つの方法論として成り立ちますか。

【広瀬】 今や「Evidence Based Medicine」ですから、NIHなどを説得するためには、個々の症例を集めてきても効果はありません。統計的に有無を言わせない形のプロトコールを作らなければ駄目です。

【インタヴューアー】 検証方法はRCT、ダブルブラインドがベストでしょうか。

【広瀬】 今のところはそうだと思います。プラシーボ効果は、例えば医療者と患者との間の関係や場の雰囲気などの影響を受けます。医療者も患者も知らないというダブルブラインドで治験をやらないと、説得力がありません。

続く