※この対談は2009年5月に行われたものです

【インタビューアー】 病気の種類によってプラシーボ効果の影響は違いますか。

【広瀬】 一般的にプラシーボ効果は、感染症やがんなどの重篤な病気にはあまり効果がないと言われています。問題は、痛みや不定愁訴のようなものに対してです。

私は以前、ぎっくり腰になりまして、鍼が1回目の治療で劇的に効き、2回目で治りました。

鍼治療にはいろんな実験結果がありますね。例えば肺がんや乳がんの末期で呼吸困難の患者に対して、鍼を使うことによって呼吸が楽になるかどうか。

治験では、本物の鍼を使った場合と、皮膚を貫通しない偽の鍼を使った場合では有意差はありませんでした。

ここでは偽の鍼を比較対照用のプラシーボとして、治療効果のないはずの処置としているわけです。

治験は「プラシーボと統計的な有意差がないので効果なし」という結論でした。

しかし治験の意図とは別に、ここでわかったのは、プラシーボとしての偽

の鍼にも効果があるということなのです。

何が効いているのか。『Nature』日本版の記事には「鍼治療は脳の活動を活性化する」とあります*2。

イギリスの大学で補完医療の専門家が、本物の鍼群・プラシーボの鍼群・先端がフラットな鍼群の3種類で実験をやりました。

先端がフラットな鍼は、皮膚に触っているだけで、初めから「やっても効果がありませんよ」と知らされています。プラシーボは「鍼のように見える偽物を使った場合」です。

 実験の結果、先端がフラットな鍼の場合には、脳内の痛み抑制物質であるオピエードは分泌されないけれども、本物の鍼とプラシーボの鍼は、オピエードが分泌されることが分かりました。

本物の鍼群とプラシーボ群は何が違うか。この実験ではPET*3を使って見ています。

本物の鍼治療を行うと、大脳皮質の一部である「島」の領域の活動が活発になりました。

これが何を意味しているかは、現在のところ分からないのですが、現実問題として、何かの効果を持っている可能性があるという結論です。

今のところはそこまでしか分かっていませんね。

【インタビューアー】 鍼鎮痛は、簡単な手術に耐えられるような鎮痛を起こすということで、一連の研究がされていました。

視床下部あたりのところまでインパルスが到達し、下降性の抑制系を活性化させる。

その介在する部分でエンドルフィンがあるのではないかと言われています。そこまで行かなくても、何かの刺激で脳内のオピエードを分泌してくると考えられるわけですよね。

【広瀬】 そうだと思います。

【インタビューアー】 先生のご本の中にも、鍼の研究でプラシーボとして使うものは皮膚を切ってはいけないと書かれています。

ところが、外国の文献では、ほとんど浅く刺したものを比較対照群として使っています。

では真の鍼とは何か。いわゆる「響き」といいまして、鍼を入れたときに独特の、重たいような、引っ張られるような感覚があるもののことを示します。

【広瀬】 NIH(米国立衛生研究所)の研究は皮膚を切っていません。偽物のナイフみたいなもので、皮膚には触っているけれど、トントンと刺入すると鍼はへこみます。

【インタビューアー】 よくご存じですね。触圧刺激は出るけれども、いわゆる侵害刺激にはなっていないという違いだろうと思います。

日本は本当に浅く刺しても効果を出す鍼治療があるので、外国でやっているような、真の効果とプラシーボ効果の両者で比べるのは、ちょっと問題があるのではないかとわれわれは提言しています。

ただ、NIHは、鍼はあまりはっきりした効果が出ないよ、科学的な検証はもっとやらないと駄目ですよと言っているので、われわれは科学的な検証を進めています。

【広瀬】 鍼の効果があるのは、みんな知っていると思います。けれど、本物とプラシーボとの間に統計的に有意な差がないので、「効果がない」と言っているだけかと思います。

【インタビューアー】 それは私たちにとって温かい示唆ですね。

【広瀬】 例えば、パーキンソン病患者に偽の手術(頭蓋に孔をあけ修復するが、治療行為は行わない)をすると、ドーパミンが分泌されるようになることがあります。

なぜドーパミンが分泌されるのかは将来的に解明されていくでしょう。本物とプラシーボの違いも、今後明らかになっていくと思います。

【インタビューアー】 本物と、プラシーボは違うものだと考えておいたほうがいいでしょうか。

【広瀬】 難しいところですね。確かに違うものだと思います。しかし、偽物と言ってはいけないと思います。本当に痛みを止める効果を持っているわけですから。

プラシーボを通してわれわれの心身の持っている複雑性が触発されて動く、プラシーボは期待や願望の乗り物と考えたほうがいいと思います。