※この対談は2009年5月に行われたものです

【インタビューアー】 広瀬先生は、2001年に『心の潜在力 プラシーボ効果』(朝日選書)を上梓されました。

先生は災害心理学がご専門ですが、プラシーボと何か関係があるのでしょうか。

【広瀬】 心理学の分野でプラシーボの問題は1950年代から取り上げられていましたが、かなりベールに包まれていました。

たとえば何かの課題を与えて成績を競わせるような場合、

「これは集中力が高まる薬だ」

と偽って砂糖の錠剤を飲まされた群と飲まなかった群を比べると、明らかに飲んだほうが成績が良い。

なぜこうなるのかと疑問に思っていました。

 その後、私は災害心理学にかかわるようになり、しばらくプラシーボの問題から離れていました。

ただ、1950年代の半ばごろから医学の領域、特に麻酔の領域でプラシーボの研究が盛んに行われてきたと後で知りました。

心理学の領域だけではなく、医学あるいは医療の中でプラシーボがどう扱われているのかを見てみようと、資料を集めて研究を始めたんです。

ある程度の研究の蓄積が出てきたのが80年代後半から90年代です。

 

 

私は1976年ごろから地震や噴火などの災害現場を調査し、1995年の阪神大震災では大きな調査を何回もやりました。

何度も神戸に足を運び、震災後3カ月ほど経ったとき、避難所に泊まったことがあるんです。

小学校の体育館でしたが、一晩中煌々と蛍光灯がついていますし、風邪が流行っていて、みんな咳をしている。

1人分の居住スペースは1畳もありません。とても寝られる状況ではない。

けれども朝になると目覚まし時計が鳴って、サラリーマンは背広を着てネクタイを締めて出勤していく。

たまたま私の隣にいた人が開業鍼灸師で、「もう一度治療院をつくるために、今金策をしている」とおっしゃっていました。災害の瓦礫の中で、もう再建計画を立てている。

こういう人は災害状況から立ち直って日常生活に回帰していくわけです。

回帰していく人の要件として、資産があったり、親類縁者がサポートしてくれるということがあると思います。

同時に、メンタルな部分では、立ち直ってまた始めたいという意欲も大きな役割を果たしている。

だが、そうかと思うと、若くても仕事がない、仕事を捜すのもおっくうだといって一日中避難所の中でぼんやりしている人もいる。

同じ被災者でもこういう差があることに気づき、希望や期待といったものがいろんなことの達成に大いに影響すると感じました。

プラシーボ効果が関係していると思ったわけです。

続く